◇活動報告◇

宮城県石巻市を訪問しました

2011.6.25

昨日6月24日に急遽宮城県石巻市へ行ってきました。
大宮から1時間45分ほどで到着。かなり近くて驚きました。
新幹線の中からも地震の被害にあった場所が見えるものだと思っていたので、景色が最後まで普通の町並みだったことにも驚きました。

あっという間に仙台駅に到着。
6年ほど前に見た時となんら変わらない賑やかな町並みに、また驚きました。
しかしよくよく見るとビルの壁にヒビが入っていたり、改装中のお店がいくつも見られました。

二つ葉援奏団現地コーディネーター、宮城県在住の佐藤さんの車に乗って、最初に支援させて頂くことになりました石巻市の市立女子校と商業高校へご挨拶に伺いました。

顧問の先生お二人からお話を伺っているうちに本当に切実な問題が沢山あることを知りました。
職を失った親のもとにいる子供達は、部費を親に求めることをせずに自分でアルバイトをしてお小遣いを稼いでいるようです。
部活動は親御さんから預かる資金が元になっているわけで、自分の家もない状態でそのようなことに使えるお金が出せるはずがありません。
出せたとしても子供が自ら遠慮して言わないでいるんです。
50人いる部員全員の活動費をどこまで浮かせてあげられるのか。
部員の親御さんたちが元の生活を送ることができるその日まで、支援させて頂く考えです。

石巻女子校は丘の上にあります。
学校から坂を下って2分ほど歩いた場所へ連れていってもらいました。

海からのびる道路の細さ・・・。

田舎=自分の生まれ育った北海道=道路が広い、というイメージでしたが、宮城県の道路はとても細いんですね。
津波がきた時の非難経路になることを全く考えていないような小ささ・・・。
どれも二車線ほどに見えました。

あんなに大きな津波が来ることを誰も予想していなかったんです、と先生がおっしゃっていました。
もちろん生徒さんの中にはこの風景の中にあるはずの家から通っていた子もいます。
震災前には、この何もない空間の全てに、家があったんです。
学校の窓からも見えるこの眺め。
あの奥から巨大な津波が近づいてきたんですよね。。。

1時間ほど前に見たばかりの、以前と変わらない仙台駅前の姿。
目の前の絶望的な風景。
3月11日に自分が立っているこの丘の前と後ろで、運命が真っ二つに分かれたんです。
3ヶ月前に何度もテレビで見たあの恐ろしい映像。
襲ってきた大自然の威力を想像し、震える思いでした。

目線を左へ移しても同じような光景が広がっています。
写真の左部分にうっすらと虹が出ているのが見えますでしょうか。
平和を感じさせる虹が出ていたので、複雑な気持ちになりました。

次に学校の裏手にある「日和が丘公園」へ連れて行ってもらいました。

「日和大橋」というあの大きな橋はそんなに津波被害を受けなかったようですが、3月11日以降は交通網が乱れ、車が小さく見えているあの大きな橋を隣町から人が沢山歩いて移動してきたようです。

供えやお花。黙祷を捧げている方もいらっしゃいました。
話には聞いて知っていましたが、本当に腐った魚の臭いが公園内にも充満していました。
その臭いに導かれて舞う、夥しい数のハエ。
そのハエを集めるためのペットボトルが木に吊り下げられていました。
突如沸いて出てきたハエたちをいい香りのする液体で導いて集めるんです。
その中に、出ることの出来ないハエ達がうごめいてました。
さすがに写真はとれません。。
これだけのことでも都会の人たちが経験すると大きなストレスですよね。。。

私が歩いていた辺りの地図です→http://yj.pn/6xeM3V

公園の奥へ進むと「中瀬」という場所を眺めることができます。

これでもだいぶ片付いてきたようですが、遠くからでもまだ瓦礫が見られます。
中央に小さく白く写っているのは「自由の女神」です。
この銅像は流されることなくあの場に残りました。
今でも町を見守っているかのように見えます。
S氏は「この日和が丘公園はデートスポットなんですよ」と言ってました。
異臭、ハエ、残酷な光景。。。
早く元の姿に戻ってほしいと思いました。

仙台駅まで送ってもらっている間に、このような瓦礫の山がいくつも見られます。

田んぼの中にドンと屋根だけが落ちているのも見かけました。

この写真、何かおかしいことに気づかれますか?

電柱も道路も地震の影響で傾いているんです。

この光景がいつまでも続くと、気持ちが悪くなってきます。

でも、ここよりももっと先に直さなくてはいけない場所が他にたくさんある、ということなんです。

私たちが今だからこそ、出来ることを、誰もが無理のない中で、少しずつでもいいので、しかし末永く、やっていかなくてはいけないなと思うんです。